日本書紀登場の幻の人工池「磐余池」は鎌倉時代に埋め立て?(net産経新聞より)2012-06-29

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日本書紀登場の幻の人工池「磐余池」は鎌倉時代に埋め立て? 奈良の遺跡で池底跡見つかる 2012.6.29 20:41

 日本書紀などに登場しながら所在地が分からなかった人工池「磐余池(いわれいけ)」の推定地、奈良県橿原市東池尻町の遺跡から池底跡が見つかり、市教委が29日発表した。池が鎌倉時代の13世紀初めごろ埋め立てられたことも判明。市教委は「国内最古の人工池の変遷を知る貴重な成果」としている。
 昨年の調査で堤跡の一部と大型建物跡が出土。日本書紀に聖徳太子の父、用明天皇(在位585~587年)が磐余池のほとりで宮を営んだとの記述があり、建物跡はその関連施設の可能性が指摘されている。
 今回、池があったとされる堤の南側で池底跡とみられる堆積層を約80メートルに渡って確認。土の成分や出土した土器片などから、13世紀初めには埋められ水田になっていたことが判明した。
 磐余池は、万葉集に収められた大津皇子(おおつのみこ=663~686年)の辞世の歌や、日本書紀に登場。清少納言も枕草子で代表的な池として紹介している。
磐余池をめぐっては、同県桜井市にあったとする研究者もおり、論争の決着はついていない。木下正史・東京学芸大名誉教授(考古学)は「天香具山(あまのかぐやま)に近い特別な場所で当初は用水と観賞を兼ねた池として整備され、宮が移された後は農地に転用されたのではないか」と話している。
 現地は埋め戻されており、説明会はない。
    ◇
 磐余池 日本書紀によると、5世紀前半に履中(りちゅう)天皇が造り、6世紀後半に用明天皇が近くで宮を営んだ。万葉集には謀反の罪で処刑された大津皇子の辞世の歌「ももづたふ 磐余の池に鳴く鴨(かも)を 今日のみ見てや 雲(くも)隠(がく)りなむ」が残されている。

倉庫(紙芝居データ みやっぴぃデータなど)

紙芝居の紙のサイズ
紙芝居用の厚紙は、100円ショップ(ダイソー)に売っている「厚紙A3用(445 x 306 mm、 厚さ 約400g/m2) 4枚入り」というものを使っています。
紙芝居ケースにぴったりのサイズです。
(有効範囲の大きさなどは上記の寸法を参照下さい)

紙芝居のデータです。
絵本を三宅町で無料配布しており、もらってきてスキャンしたものからUPしたいと思います。

「忍性さん」 紙芝居用(pdfファイル+Wordデータ)
これは絵本になっていないようです。
動画がありました
「太子道」 紙芝居用(pdfファイル+Wordデータ)
電子紙芝居用(PowerPointデータ)
「おうてくれ地蔵(石見)」 紙芝居用(pdfファイル+Wordデータ)
電子紙芝居用(PowerPointデータ)
「雷の落ちない宮さん(小柳)」 紙芝居用(pdfファイル+Wordデータ)
「雨たんもれ 多度さん(但馬)」 紙芝居用(pdfファイル+Wordデータ)
約400MB

みやっぴぃデータ

みやっぴぃデータ
三宅町広報、三宅町サイトなどからスキャンしたものです。
ですので画質は良くないかもしれません。


みやっぴぃ ポーズ 案内2みやっぴぃ ポーズ 歩く1みやっぴぃ ポーズ 歩く2みやっぴぃ ポーズ 案内1

みやけまちづくりの会 活動ダイジェスト映像

2010年スポーツフェスタの様子

2010年の「みやけまちづくりの会」の活動を記録した動画です。
ご覧あれ・・・・

今年(2012年)も、三宅スポーツフェスタ開催予定です。
10月末の日曜日の予定です。

みやけまちづくりの会では、随時会員募集です。
年齢性別一切問いません!
「三宅町を盛り上げたい」という方をお待ちしています。

会報第0号

みやけまちづくりの会 会報0号

みやけまちづくりの会 会報0号

「会報を作りたい」「作ってみよう」との意見があり、作成された準備号です。
ずいぶんとフザケた内容になっていますが「面白くなければ読んでもらえない」という意図のようです。
宮武外骨氏の新聞のようなものをイメージしていたらしいです。
※ web上ですので個人情報掲載箇所は隠してあります。

みやけまちづくりの会では、随時会員募集です。
年齢性別一切問いません!
「三宅町を盛り上げたい」という方をお待ちしています。

三宅 記紀万葉ウォーク

奈良 記紀万葉ウォーク

奈良県全域で行われている「記紀万葉ウォーク」
に、三宅ボランティアガイドもエントリーしました!!
詳細はまた後日正式発表されると思います。
現在分かっている情報を掲載します

万葉・日本のふるさと みやけ古墳群と太子道をめぐる歴史ウォーク
開催日: 平成24年11月15日(木曜日)
コース: 9:30~10:00 近鉄橿原線 石見駅(いわみ)スタート
万葉歌碑~太子道~忍性菩薩生誕地の碑~
太子腰掛石~屏風の清水~三宅古墳群~
昼食~
雨乞い神社(多度さん)
14:30~15:00
近鉄西田原本線 但馬駅(たじま)解散

となっています。

とりあえず、申込が必要だったように思います。
申し込み先は:
『三宅町役場 産業振興課 産業振興グループ』
TEL: 0745-44-2001 内線128
FAX: 0745-43-0922
となっております

「事前申込不要」と変更になりました。
当日、近鉄石見駅で受付をしていただく事になりました

「何もない町」かもしれませんが、ずっと昔から ”暮らし” がありました。
万葉人が恋人を訪ねてやってきたり、聖徳太子が通った道があり、太子を出迎えた痕跡があり・・・・
そんな古代からの息づかいを感じていただけたらと思います。
精一杯のおもてなしをしたいと思っています。

当日は、万葉時代からこの地に咲いていたという「あざさの花」が見るかどうか微妙な季節ですが、
見れるとラッキーです!
家族の愛・恋人同士の愛情のシンボルでもある花ですので、ぜひ運試しも兼ねてご覧下さい。

三宅町を紹介

三宅町を紹介

奈良盆地のほぼ中央に位置し、王家の食材を収穫する農地や食糧倉庫・屯倉(みやけ)がこの付近にあったという歴史的事実から、この地が「三宅」と名づけられたといわれています。
邪馬台国が桜井の纏向遺跡周辺であったとすると、このあたりは、当時の首都圏であり、平地のあちらこちらに散在する小型の前方後円墳は、当時の王家に関係する人々の墓と考えられています。
また、町内に残る国号地名(石見、三河、但馬)も、当時の中心地の一部であり、遠方から人々がこの周辺に集まって来ていたことをうかがわせています。
日本国の基礎となった邪馬台国時代の首都圏ということで、わが町・三宅は「日本発祥の地」と思っております。

また三宅町公式キャラクターの「みやっぴぃー」は、「あざさの花」をモチーフにしたもので、万葉集には「あざさの花」と共に三宅の地名が記されています。

面積は、奈良県で一番、全国でも第二位の小ささではありますが、古代からのでっかいロマンがあふれる由緒ある町です。


大きな地図で見る

ゆるキャラ「みやっぴぃ」

みやっぴぃデータ

「みやっぴぃ」は、平成21年に誕生しました。

万葉集に「三宅の原にあざさの花が咲いていた」と詠われる「あざさの花」と 奈良県一小さい町から「赤ちゃん」というイメージで考案されました。
名前は、公募し、三宅町学校の生徒が付けてくれたものが選ばれました。
「三宅からハッピーを届けたい!」とか「三宅に来た人がハッピーになって欲しい」
「キューピーちゃん」見たいな長く愛されるキャラクター というようなイメージで、
「みやけ」 + 「はっぴぃ」 との事で考えてくれた名前だったと思います。

↓ 動画があったのでリンクしておきます

歌やダンスも町内の人たちが中心になって制作されたようです。
一度、町内の文化祭のオープニングで新しい試みとの事で「三宅を宣伝してくれている彼女たちにオープニングで実際にダンスをしてもらおう」という意見が出たのですが、「彼女たちを出すと他の団体も出さないといけなくなる」というような意見のもと計画が消えたらしい。大丈夫か?三宅町・・・
「みやっぴ」データです。(広報、サイトからスキャンしました)

みやっぴぃの活躍は、こちら(三宅町役場サイト)でも掲載されているようです。
また「みやっぴぃ」の出演依頼は、三宅町役場で受け付けているようです。

みやっぴぃ

あざさの花が咲いている

ひー ふー ひー ふー み・や・け
1.
「大和は国のまほろば」で「たたなづく青垣 山こもる」
奈良の盆地の国中(くんなか)が、僕の住むところ
昔 万葉人もここにを訪れた
「三宅道(みやけじ)の 夏野の草を なづみ来るかも」
「うらぐはし子」が住んでいる 三宅之原に
黄色いあざさの花が、今日もかわいく咲いている
あざさの花が咲いている。今も変わらず咲いている

2.
雨の降る日や風の日も 学生たちがこの道を
学校へと通う道 太子道と言う
昔、聖徳太子が 法隆寺へと
愛馬の黒駒に乗ってこの道を行った
いとおしい子供らが住む 三宅の町に
黄色いあざさの花が、今も元気に咲いている
あざさの花が咲いている。昔と変わらず咲いている

3.
今は離れて暮らすけど、たまに帰って来るんだと
それじゃまたねと手を振った 故郷の人
昔一緒に見た景色、変わったかもね
君を思う気持ちは変わらないけれど
なつかしいあの人が住む 三宅の町に
黄色いあざさの花が、今年もきっと咲き誇る
愛すべき人たちが住む 三宅の町に
黄色いあざさの花が、小さいけれども咲き誇る

あざさの花が咲いている。今も変わらす咲いている
あざさの花が咲いている。昔と変わらず咲いている。

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